他人から時間を奪える装置、などという不思議なものが売られていて、思わず立ち止まった。
何だこれは。
見た目は腕時計とさほど変わらないが、安そうな材質のわりに値段は100万円。
お金に余裕はあったので、俺はしばらく迷った後、買う事に決めた。
。
翌日俺はその装置を身につけて街を歩いた。
一応昨日説明書は読んだので、使い方は大体覚えたつもりだ。
ー--使い方---
1.対象とする人に装置を向けてボタンを押す
2.奪う時間を設定する
3.対象者はその時間を失い、その分自分の寿命が延びる
ー-----ー--
しばらく歩いていると、前からくたびれたサラリーマンが来た。
俺は試しに彼に装置を向けてボタンを押した。
画面には、いつからいつまでにするかという、奪う時間の設定画面が出てきた。
年月日時分まで細かく設定できるようだ。
とりあえず俺は、今週の金曜の夜から日曜の昼まで、と設定した。
するとピコンと音が鳴り、あなたの寿命は36時間延びました、と表示された。
「ほう、これだけか、簡単だなぁ」
そのサラリーマンには少し悪いが、まぁ金曜の夜に寝たら一瞬で日曜の昼になる、おそらくそれくらいなので、まぁ許してくれ。
それから数日間、俺はこの装置にハマり、街を歩きながら何度も使用した。
気づけば俺の延びた寿命はもうすぐで10年に到達する。
本当かどうか確かめようはないが、まぁ楽しいから良いか、と思っていた。
。
ある日、いつものように会社に行くと、上司に言われた。
『芳田、お前なんだか幼くなってないか?』
気になった俺はトイレの鏡で自分の顔を確認した。
「うわぁ、マジか」
俺は現在30歳だが、鏡に映るのは20歳くらいの俺だ。
スーツを着ている大学生みたいな、コスプレ感があって気持ち悪い。
どうやら寿命が延びるというのは、先が長くなる事ではなく、今が巻き戻る事らしい。
盲点だった。
気づかずにもし大胆な使い方をしていたら、俺は赤ちゃんになっていたかもしれない。
俺は初めてその上司に感謝した。
。
家に帰ってから、逆に少しだけ老けようと思い、説明書を読んだ。
だが時間を奪う方法はあっても、返す方法はどうやら無いらしい。
「おいおい、俺は20歳のままかよ」
今の顔に戻るためには、あと10年生きなければならない。
まぁどの道、この装置はもうこれ以上は使えないな。
俺は翌日その装置を買った店に行き、売った。
幸運な事に、半額くらいは返ってきた。
俺はその後、もう二度とその店には立ち寄らないと決めた。
。
あれから10年後。
俺の実年齢は40歳、顔の年齢は30歳だ。
この差が10年前は嫌だったが、今はすごく良い。
若々しさが良い仕事をしてくれる年齢になったみたいだ。
会社からの帰り道、俺は用を足そうと思い、駅前のトイレに立ち寄った。
すると入口付近に、こちらを見てニヤニヤする老婆が立っていた。
なんだこの人。気味が悪いな。
そう思いつつも、俺はトイレに入った。
小便をしていると、最初はスムーズだったが、途中から急にキレが悪くなった。
「あれ?なんでだろ」
そして小便を済ませて鏡を見て俺は愕然とした。
「おい!なんだよこれ!...この爺さんは誰だ?」
俺は急いでトイレを出たが、足が思うように動かず倒れた。
どうなってるんだ。
すると近くに人が立っているのに気づいた。
見上げると、若い女がこちらを見下ろしてニヤニヤしている。
そしてその腕には見覚えのある装置...
俺はすべてを悟り、そっと目を閉じた。
。
完
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